全日本キックファンになったことが報われた日。あるいは石川直生への「勝利おめでとう」!

pon-taro2008-04-27


全日本キックを見始めて間もないころ、すぐ好きになった選手が山本優弥だった。その優弥と仲がいい選手がいるという。
最初、石川直生の印象はその程度だった。


その石川直生が試合に出るという。パンフレットを見ると、真ん中よりやや下…活字の等級でいうと2番目か3番目のサイズだったと思う。
要するに試合順が前のほう=選手としての評価はまだまだだということがわかったが、石川は、真っ赤なガウンを着て入場し、リングに入ると派手な霧吹きパフォーマンスを見せつけた。
試合のほうは、背は高めだがやたら体がヒョロヒョロと細い石川は、妙にガムシャラなスタイルで見ていて危なっかしいという感じだった。


後日また別の興行で、バルコニーから試合を見ていると、気がついたら後ろで優弥と石川が試合を見ていた。優弥の次戦の相手が大物か何かに決まったあとだったと思う。やたらと選手に声をかけたいクチの俺は、見つけてすぐに優弥に「次の試合、がんばってください!」と話しかけ、握手もした。
その後ろで、石川はシャドーボクシングのようなことをしていた。
『声かけたほうがいいかなぁ…でも俺、この選手あんまり知らないし』
結局、石川には声をかけなかった。


それからまた少し時は流れ、石川の他団体参戦が決まった。
IKUSA‐GP。
当時、派手な演出と無節操なまでに他団体の選手を呼ぶ路線で、ちょっとした話題になっていた団体の、オープントーナメントへの出場だった。相手の選手は、IKUSAの看板選手の一人、TURBO。
当時全日本キックの二枚看板であった山本元気山本真弘のW山本は誰からも狙われる存在で、このTURBOも「オープン制のこの大会で優勝して、W山本を倒す」と公言してはばからなかった。この大会には真弘のほうが参戦していたから、「決勝で真弘を倒し、それから元気を倒す」という内容だったかもしれない。
それに噛み付いたのが、石川だったのだ。
「決勝に進む前に、まずは準決勝で僕と当たる。全日本キックのフェザー戦線がどんなものか、TURBOにキッチリ教えてやる」
はっきり言って、よくある話だ。固有名詞をいろいろ入れ替えて、マット界では数限りなく繰り返されてきたやりとり。しかし、だ。
「いかにも石川らしいねぇ。でもTURBOは強いよ。真弘との決勝はもちろん、元気との試合もありえるね」
と周りが言い始めると、この頃には見始めたばかりなのにすっかり全日本ファンになっていた俺は、
「他団体見たことない俺には、そんなやる前のことわかんないですよ!でもまあ、石川は石川だから、せめて死に様は見届けて来ます!」
と、何か妙な責任感をもって、行ったこともないZEPP TOKYOに向かったのだった。


結果、石川直生は勝利。しかもまさかのKO劇。1度目のダウンを奪ったハイキックは素晴らしかった。
自分の中で少し石川という選手の見えかたが変わったのは、この試合からだった。


その後、石川は階級を新設されたS・フェザー級に変更。山本元気がWECムエタイへ挑戦するため全日本を長期にわたり離れている間に、S・フェザー級タイトルを獲得。個人的にこだわっていたとしか思えない「前に出て打ち合う」スタイルから脱却して「体格を利した首相撲からのヒザと切るためのヒジ」を磨き、「自分大好き王子様」から「中軽量級の強豪の一角」へと、ファンの見る目を変えさせてきた。
しかしそれでもなお、全日本ファンは石川を「王者」として認めるには、その評価は辛かった。なぜなら、石川は依然「山本超え」を果たしていなかったからである。



4・26後楽園ホール、WBCムエタイ挑戦失敗以来、引退の危惧さえささやかれていた山本元気が、ついに全日本に帰ってきた。対戦相手は、石川直生
残酷なようだが、ファンの胸は、「石川『暫定』政権」の崩壊と「元気王朝」の復権への期待で膨れ上がっていただろう。甘い、過去の記憶への回帰。


帰ってきた山本元気は、やはり強かった。決してリーチは長くはないが、一撃必倒のパンチは全く錆び付いていなかったと言える。
石川はこれに対し、まずはミドルで中間距離を制しにいく。さらには組みついてヒザを狙うが、元気は上体を使って首相撲を拒否し、その剛腕を振るう。
元気の強引な右を食らってひるむ姿も見せた石川だが、形は悪いながらも組みヒザを当て始めると、一気にペースを掴みにかかる。
ミドル、前蹴りで中距離の支配権を握ると、近距離で元気のパンチを浴びながら組み付き、振りほどかれ際にヒジを繰り出す。元気の持ち味である、暴風のような回転力のパンチラッシュがこの試合ではやや鳴りを潜めていたのが、石川にとって最後の決め手となった。
3R、中距離と至近距離を石川に制圧された元気は、足を使ってがむしゃらに前に出る。元気の進む先と、石川のヒジとが交錯し…
一瞬の後、元気の右眉あたりから鮮血が飛び散った。南側の席からはわからなかったが、当たった瞬間、吹き出すほどの出血だったらしい。
試合はこの一発でドクターストップ!石川が勝った!

「チャンピオンになって2年経つけど、これで堂々と胸を張れる!」

と、マイクを持った石川は叫んだ。「前田はいいし石川もいるし、真弘もいるけど…やっぱり『全日本には元気が足りない』よね」とささやかれる存在だった全日本フェザー級戦線。人一倍「自分大好き」な男だからこそ、「元気超え」を果たしていなかったことを他の誰よりも気にしていたのは、やはり石川自身だったのだ。


この試合は、全日本スーパーフェザー級タイトルマッチではなかったけれど、石川直生がSフェザー級王者であることに胸を張るためには、絶対に突き破らなければならない壁だった。
そういえばそうだったじゃないか。IKUSA‐GPの時だって、「『W山本』に続くのは誰だ?」という期待感のなか、自らあげた名乗りを、石川は自力で証明したんだ。
石川直生って、そういう選手なんだ。