どうして棚橋弘至があんなに評判悪いのか、を、ここ最近考えていた。

自分はピュアなので、2chに多種多様な罵倒が並ぶと、そこに「世論」を感じて及び腰になってしまったりします。…なんてことを冒頭に書かなきゃいかんくらい、新IWGPチャンピオンの棚橋弘至は評判が悪い。
2chで叩かれてるくらいならまだしも、当日TV中継、週プロ増刊のドーム特集号でまで、あの感動の勝利者インタビューが掲載されてないのだ。しかも通常版の週プロでは、なんと表紙は三沢光晴を担ぐ中邑真輔。編集が写真指定を間違えたとしか思えん!


それはともかく、ネットの棚橋叩きを要約すると
「チビでチャラくて技は軽く、凄みもない。ただの街の兄ちゃんが地味なプロレスごっこしてるだけ」
ということになるらしい。
まあ、そもそもこういう把握じたいが最初っから見当はずれだってのが真相なんだろうけど、じゃあどうしてこんな「無意識の誤解(なんか変な言い回しだ)」が生まれるのか、が、どうしても気になった。
棚橋が誤解されてるんじゃなくて、新日≒ストロングスタイルを好きなファンの側が、棚橋をあえて誤解しようとしてるんじゃないか…と。




つまり、今回の1・4ドームで、武藤敬司ってチャンプからベルトを奪える試合ができるのは、棚橋か、後は永田さんくらいしかいなかったはずだ。
それは、「強さ」などとは別の次元で、武藤のプロレスに付き合える幅の持ち主、って意味で。

武藤の膝は、小島聡のブログによると
「テーピングで固定しないと動かせないけど、試合から早すぎる時間に巻いてしまうと、それはそれでうっ血したりしてかえってよくない」
ってほどに悪いんだそうだ。…いや、自団体のエース兼社長のことを、公共の場でこうも書かんでもいいだろ、というのは、残念ながら今回の話題からは逸れる。

要するに、武藤はもう普通のプロレスができる肉体じゃない、と言わざるを得ないということ。
すなわち、武藤自身が繰り出せる技がもう6種類(ドラゴンスクリュー、フラッシングエルボー、低空ドロップキック、足四の字固め、シャイニングウィザードムーンサルトプレス)くらいしかない
(Fエルボーも最近見ないような気がする、とか、ムーンサルトなんか絶対無理なのに使わなきゃならないってあたりに絶対者の孤高と悲哀が見える、とか、この話題も膨らみそうだけどやっぱり割愛)
ってだけではなく、武藤が受けることのできる技すら、今はもうかなり制限されている、ということになる。


現に、1・4ドームでは武藤は足四の字を3回も使ったのに(シビれた!)、棚橋のテキサスクローバーホールドはカタチにすらならなかった。
「キツい足攻めの応酬」というこの試合のテーマからして、棚橋がテキサスを決めている姿はありうべきシーンであったにも関わらず、それは実現しなかったのだ。


武藤と戦うということは、武藤の技をきちんと受ける、という基本の他に、「武藤を本格的に破壊するような技は使えない」という、かなりやっかいな応用問題もはらんでいるのではないか。


しかも、武藤は王者。さらに、外敵でありながら新日内外のファンからの支持を集めている、いわばピープルズ・チャンピオン。このイメージを崩すことは、たとえ武藤が許しても、プロレスの神様(たぶんゴッチさんではない・苦笑)が許さない。
互いの使える技が相当に限られた中で、みんなが期待する、ドームのメインのIWGP王者戦、というバリューを損なわない内容を見せなければならないのだ。


たぶん、今回、武藤からベルトを取る(あるいは武藤の相手をつとめるということ自体)というのは、普通のメインイベントとは比べものにならない危うい綱渡りだったはずだ。
その綱渡りをやれる可能性…があったのは、最初に書いたように、永田さんか棚橋しかいないだろう。他団体でもちょっと思いつかない。あとは川田くらいかなぁ。


で、また永田さんに任せちゃうともうその先どうしようもないというか、あの悪夢の王者タライ回しでも繰り返すしかない、なんて恐ろしい事態が待っている。だから、今回は棚橋が取るしかなかったわけだ。
このへんちょっと最初の内容と重複するが、永田さんは別格として、棚橋の場合は、「満身創痍の武藤ができるプロレス」と、棚橋自身の成し得るスタイルとが、奇跡的に噛み合っていたのだと思う。


昔のプロレスでは、巨大な体躯の外人レスラーにも勝てるよう、単純な力任せではない必殺技を持つという「お約束」があったそうだ。自分はちょっと前のプロレスはもうわかんないんだけど、例えば三沢のフェイスロックなんかはその一つだと聞いたことがあるような(三沢の場合はもともと身体が小さいから、だっけ?)。
それが、今のプロレス…少なくとも今の「対・武藤」というシチュエーションに、(悲しい対比ではあるが)重なって見える。
「攻防の果ての決着」というドラマを完成させるための、いわゆるガチではないがゆえの「攻防」を展開する技術。永田さんなら工夫してどうにかしてしまいそうだが、棚橋の場合は、ナチュラルな棚橋の「スタイル」の延長戦上に、たまたま「今の対・武藤」という極上のシチュエーションがあったということだ。


自分はわりと昔から
「プロレスラーに必要なのは『強さ』ではなく『強そう』であることだ」
と感じてきたので、こう考えてくると、今回の戴冠はやはり棚橋でなくちゃいけなかったんだ、と思う。


王者が武藤であること。その武藤が今のコンディションであること。もう永田さんに任せている場合じゃないこと。中西や天山では無理なこと。小島も吉江ももういないこと。中邑や後藤ではまだ不足だということ。
あまりにも限定された状況の中で、ただ一人、棚橋の磨いてきた棚橋のスタイルだけが、ベルトを武藤からひっぺがすための唯一の道だった。あえて断言するならば、ただそれだけのことなのだ。
だけど、俗に「勝負は時の運」という、その「運」がこれだけはっきりと一人の若者の頭上にのみ存在する、こんなシチュエーションって…そうはあり得ることじゃない。


いったい誰が、今の武藤と30分以上の「激闘」を繰り広げることができる?そして、それをしなければならなくて、しかもそれができるのがたった一人だとしたら、その彼が「新王者」であることを、どうやって否定できるって言うんだろう?


さらに言えば、その「新王者」は、ファン=新日本プロレス=IWGPを「愛している」って言うんだよ。バカバカしくて笑っちゃうくらい、棚橋が今のIWGP王者であることは、認めるかどうか以前に「当たり前」のことじゃないか!




しかし一方で、現状、現実からの要請とはまた別に、「あり得べき新日エース像」があることは否定できない。
これはなかなか厄介だ…何しろ、その「エース像」は、「アントニオ猪木」であったり、「長州力」だったり、「橋本真也」だったりするんだもんな。


これはもう、「棚橋はそういう系譜のチャンピオンではないから仕方ない」としか言いようがない…かな。
虫のいい話になるけど、棚橋の前は武藤さんだったんだし、それじゃダメかな?ジェット機は上空1万mを飛ぶことはできても、サーキットを時速300kmで走ることはできないんだから。


向こう5年…少なくとも3年くらいは、棚橋、中邑、後藤の3人が軸になっていくしかない。
そんな中で、まず、棚橋弘至が自分にしかできないやり方で結果を出した。でも、棚橋では残念ながら、かなり多くのファンを納得させられない。そして、その納得できないファンはほとんど、中邑や後藤…はっきり言って中邑に期待をしているのだ。


中邑真輔には、猪木や長州、橋本が持っていた「物騒さ」の気配が、確かにある。後藤洋央紀の場合、「物騒さ」だけなら今は中邑より上かもしれないが、問題はそれ意外のほぼ全てが中邑の水準に達していなさそうなこと(苦笑)。


とは言え、じゃあ「中邑の水準」はどうかといえば、これもまだ…
少なくとも「棚橋の水準」は上でさんざん書いてきたように棚橋自身のチャンスを招き、そのチャンスを見事に(本当に見事に)捉えてみせたが、「中邑の水準」は、残念ながらその1・4ドームで、外敵NOAHの杉浦の潜在能力を引き出したのみだった、と言わざるを得ない。


後藤なんかはある意味、中西先輩のいいところをパクって悪いところをなるべく真似しないようにしてればなんとかなってしまいかねない(笑)が、中邑の場合はそう簡単にはいかないだろう。
永田さんのいい部分を吸収したところで永田さんは(失礼ながら)永田さんだし、それこそ橋本真也の遺志を受け継ごうにも…「二代目・橋本真也」を襲名するには、残念ながら中邑は頭が良すぎるように思う。ちなみにこれはもちろん、中邑がとびきり頭がいいという意味ではない(苦笑)。


しかしそれでも、新日ファンが潜在的に求める「物騒さ」の体現は中邑にやってもらうしかなさそうだし、中邑自身もその「物騒さ」に憧れてやまない気分を濃厚に持っていそうに見える。
ならば今、中邑は、それをしなきゃいけないはずだよ。


いみじくもIWGP戦前に、棚橋はこう言っていた。
「世代交代なんて、後から振り返ってはじめて気づくものなんじゃないか」
今の中邑は、「世代交代」のような、スローガン的な何か(たぶんそれは『ストロングスタイルの継承』)を、直接手づかみにしようとしているのではないか。
その結果が、例の1・4の対抗戦のように、バチバチ殴り合ってドカドカ投げ合って、ビシッと関節技を極めたらピョコンと起きあがって喜びを爆発させてしまうような、地に足の着いていない上滑りな試合になってしまったような気がする。
棚橋の言葉を借りるなら、
「『ストロングスタイル』なんて、本気でプロレスやってたらいつの間にか身についてるものなんじゃないか」
ということだ。
うーん、これは我ながら無責任すぎるか?



でも、この二人の性格の違い、プロレス者としての自己形成の違いが、先日の1・4ドームで如実に顕れたのは間違いない。
リングの上から常に「愛してまーす!」と自らを解放し続けてきた棚橋が、メインイベントで難攻不落のレジェンドを攻略したその日のセミファイナルで、
「一番すげェのはプロレスなんだよ!」と、何かにすがるように吠えてきた中邑は、杉浦貴というまた別の怪物に、その存在感を呑み込まれていたのだ。




棚橋弘至が保持するIWGPへの次期挑戦者は、中邑真輔に決まった。
ちょうどいいじゃないか?
ここまで書いてきてなんだが、棚橋と中邑と、まだキャリアにそこまでの差があるわけじゃない。中邑が、プロレスとではなく、プロレスをする自分と向き合うのには、絶好の機会だ。
格好をつけず、ムキになってプロレスする姿が似合うのは、棚橋じゃなくて中邑のはず。
中邑真輔が今、いちばんムキになれる相手。それは、現IWGP王者・棚橋弘至しかいないだろう?
俺は、そんな中邑が見てみたいよ。
そしてもちろん、そんな中邑と戦う、棚橋が見たいぜ。


なんだ、次のタイトルマッチ…ずいぶん面白そうじゃないか(笑)。


おまけ。

棚橋弘至勝利者インタビュー」

(苦しい闘いで心を支えていたのは)
絶対負けないという気持ちでした。俺が、新日本プロレスを愛しているという気持ちといっしょです。
(観客が立ち上がって棚橋を求めている)
リング上は、もっと孤独な場所だと思ってましたけど、今日は皆さんの声援が心にジーンときました。
(次の相手は)
真輔、中邑真輔! 新日本のな、エースはな、ひとりでいいんだよ!次、おまえ、挑戦して来い。
(最後にファンへメッセージを)
こんなにも、たくさんの人が集まってくれて感謝しています。これからもずっと、ずっとプロレスを好きでいてください!
今日はありがとうございました!

テーマ曲が流れる中、右脚を引きずりながらセンター花道を戻っていく棚橋だったが、ステージ上で「忘れてた!」と、きびすを返し

「これから僕と、新日本プロレスをよろしくお願いします。最後にひとこと、東京ドームの皆さん、愛してまーす!」