プロレスが好きです。

現役の、しかもトップランクの選手が、興行のメインイベント中に、リング上のアクシデントで命を落とす、という事件が起きてしまった。


その選手は、キャリアの最盛期には、自分より二回りも三回りも大きい体のライバルたちと、熱く激しい戦いを繰り広げたという。
二代目のタイガーマスクとして、そして素顔の三沢光晴として、日本のみならず、世界的にも「天才」と称された、プロレス史に輝く、偉大なレスラーだ。

自分みたいな「浅い」ファンでさえ、どう受け止めていいのかわからない「事件」。まして、少年時代からずっとプロレスに憧れ続けてきた世の多くのプロレスファンにとって、その衝撃がどれほどのものか、正直に言って、自分には、想像もつかない。

試合中だったのだ。メインイベントのリングの上で、「それ」は起きた。
プロレスの世界で様々な意味と様々な文脈で語られる「危険」という概念が、よりによって、こんなかたちで具象化してしまったのだ。


プロレスって何だろう。

プロレスって、どんな意味があるんだろう。

プロレスって、何のためにあるんだろう。

自分が好きなもので、追いかけていて、プロレス会場にはプロレスラーがいて、プロレスラーが自分たちに見せてくれる、このプロレスって、いったい、何なんだろう。
事件の報を聞き、土曜の深夜、まるで、苛立ちのような感情に襲われていた。
こんなことが起きてしまうプロレスって、何なんだ。
自分の好きな、見て楽しんできた、プロレスって何なんだ。


答えの出ぬまま、「ワールド・プロレスリング」の時間になった。
プロレスの番組だ。
その夜、放映された試合は……

素晴らしい内容だった!
「プロレスの試合で、面白いの教えてよ」と言われて、推薦するに足る、どこに出しても恥ずかしくない「名勝負」だった。

そうだ。プロレスは楽しいんだ。プロレスラーはすごいんだ。プロレスファンであることは、幸せで、喜びだったんだ。
僕は、プロレスを好きでいていいんだ。だって、そのために、プロレスラーは僕たちに、プロレスを見せてくれるのだから。

プロレスがプロレスであるために、僕たちファンは会場に足を運び、プロレスがプロレスであるために、プロレスラーはリングに上がり続ける。

三沢さんがやり続けてきたことは、そういうことだったんだ。



今回のようなことは、二度と繰り返されてはならない。
リング内外のサポート、リスクマネジメント、選手の体調管理。たとえ事故が起きる可能性を0にすることができないとしても、その可能性を限りなく0に近づけるための努力を惜しんではならない。
そして、プロレスは、続けなければならない。プロレスを、あきらめちゃいけない。

僕がプロレスにくじけてしまったら、僕の何十倍も何百倍も、文字通りプロレスに全身全霊で打ち込んだ三沢さんに、顔向けができないじゃないか。

「冬の時代」「業界存続の危機」と言われ続けてきたプロレスを、ずっと三沢さんは支え続けてきた。「プロレスを続ける。プロレスを伝える」というのは、三沢さんの「遺志」なんかじゃない。「意志」なのだ。
三沢さんを失望させないよう、三沢選手に恥ずかしくないよう、僕らもプロレスを守り、プロレスを続けていかなくちゃいけないんだ。



実は、僕は、三沢光晴の全盛期のファイトを観たことがない。
三沢だけじゃない。ジャンボ鶴田ブルーザー・ブロディゲーリー・オブライトアンドレ・ザ・ジャイアント、グラジエーター、そしてジャイアント馬場…映像で観た彼らの素晴らしい試合は、もう天国プロレスでしか観ることができない。
そうだ、天国プロレスでは、橋本真也と、エディ・ゲレロと、クリス・ベノワとも再会できるじゃないか。
もし僕が、いつか死ぬときまでの間にプロレスのことを忘れてしまったら、天国プロレスも観戦できなくなってしまう。そんなのは嫌だ。

そんなことにならないよう、天国プロレスの皆さんをがっかりさせないよう、この世のプロレスはこの世の人間が守らなければならないんじゃないか。


大丈夫だ。プロレスは今も、次々に素晴らしい試合を見せてくれている。プロレスは面白い。プロレスは熱い。
三沢さんが中興し支えてきてくれたプロレスは、今でもなお進化を続ける、絶えさせてはならない素晴らしいジャンルなんだ。

Show must go on.
プロレスは、続けられなければならない。
教えてくれてありがとう。三沢さん。
でも、わがままを言わせてもらえば、僕らの集まるリングの上に、もっともっといてほしかったです。


三沢光晴選手の、ご冥福をお祈りいたします。

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この文章の下書きをしている間に、テッド・タナベレフェリーまでもが天に召されたというニュースが報じられました。
みちのくプロレス大阪プロレスを主戦場に、数々のマットで幾人ものレスラーの試合を裁いてきた、多くのファンに愛された「日本一の悪徳レフェリー」だったということです。

テッド・タナベレフェリーのご冥福を、お祈りいたします。