あのたらこの真実。(ガセ文)完全版

<Ⅰ>
予備校の帰り道、公園に立てられた水銀灯の明かりの中に、何か赤いものが見えた気がした。
「たらこ…キューピー?」
それは確かに、CMキャラと独特のテーマソングで人気の、あのキャラクターだった。だが…デカい。さらに、中型犬くらいの大きさの「それ」に不思議な違和感があるのは、サイズだけではなかった。キューピーの顔が妙にリアルだし、たらこの部分も、作りものというよりは生々しく作られた食品サンプルぐらいの完成度だったのだ。
「こんなもん、誰が作ったんだ…」
気味が悪くなった僕は、それ以上その巨大たらこキューピーを観察するのをやめて、帰路に戻ることにした。


た〜らこ〜、た〜〜らこぉ〜〜…


「あの歌」が聞こえてきたような気がして振り返ったが、きっと空耳だろう。もしかしたらあの巨大たらこキューピーの中に、テーマソングの再生装置が入っていたのかもしれない…何にせよ、「あれ」を作ったのは相当に趣味の悪いやつのようだ。


<Ⅱ>
予備校の友人が、最近出てこない。メールにも返事をよこさないし、奴のプレイしているMMOにもログインした形跡がない。病気でもしているのだろうか?
病気だとしたら、奴は一人暮らしをしているからきっと難儀しているはずだ。そうでなくて事故か何かに巻き込まれたとか…僕はなぜか近況が気になって、奴の部屋を訪ねてみることにした。


コン、コン…
返事が、ない。しかし、ドアの上のメーターは、この涼しくなってきた今ごろにエアコンをフル稼働でもさせているんじゃないか、というくらいに回っている。
僕にはなぜか確信があった。奴は、中にいるはずだ。
ダンダン!
………。
「うぉぁ…い……」
奴の声だ!
「やっぱり病気か何かか?!開けろ!」
………。
「だいじょおぶ、だぁ…。おふくろが…いる、から…」
なんと。
ドアが細く開いて、奴の母親らしい人が顔を半分だけのぞかせた。
「あの…わざわざ、ありがとうございます」
母親が頭を下げると同時に、わずかに室内の空気が流れ出してきた。ひやりとして、かすかに生臭いような。
部屋の中は、薄暗いと真っ暗の中間くらい、生活にも看病にも不都合なほど暗くされている。分厚いカーテンをぴったりと閉めているように。
「息子は、ちょっと具合を崩してまして…ご心配いただいてすいません」
「いぇ、お母さんがいらっしゃるなら…」
……こぉ〜、…たぁ〜ら…こ……ぉ……ぉ…
「?」
かすかに、「あの歌」が聞こえたような?
「ではあの、失礼します!」
僕が部屋の中をうかがう様子を見せると、奴の母親はあわてたようにまた頭を下げ、あたふたと扉を閉めてカギまでかけた。


<Ⅲ>
街中では、時折、僕があの公園で見かけたくらいの巨大たらこキューピーを見ることが増えてきた。ビルの谷間、非常階段の陰、廃車置き場の隅…
さらに、地下街のはずれや街路樹の根元、雨ざらしの看板の裏など、目立たないところにひとつかみのたらこが、キノコのように貼りついていることもあった。しかし、それでもなぜかみんな、まるで大地震におびえながらも群小の地震の話を避けるかのように…街を少しずつ浸食しはじめたたらこのことを、あえて話題にすることはなかった。


僕は、ネットのブログやSNSで、たらこの情報を探してみたりもした。しかし、サーチエンジンにひっかかった「たらこ 街中 放置」などを含むサイトは、どれも404扱いになっていたり、該当記事が削除されていたり、そうでなければほとんど意味のない、ほとんど情報として読めないような書き込みばかりだった。
しかしそれとは対照的に、街では頻繁にあのテーマソングを耳にするようになった。UFOキャッチャーでは販促映像が流され、有線やラジオでもかなりヘビーローテーションされていた。
今日も、予備校を終えてからのバイト帰りの途中、どこからかあの曲が聞こえてきた。
深夜の住宅街だった。あれはどの家から聞こえてきたのだろうか。


<Ⅳ>
ついに妹がやられた!
遅刻ギリギリの時間になっても起きてこないので母が妹の部屋に行ったのだが、少しすると、けたたましい悲鳴が聞こえてきた。
「どうしたんだっ!」
駆けつけると、ベッドにすがりつくように気を失っている母親の背と………
今まさに、開きっぱなしの窓から飛び降りる、巨大な、公園で見たやつよりはるかに大きなたらこの後ろ姿が見えた。
そして取り残されたベッドの上には、真っ赤なたらこスーツを着せられて、力なく横たわる妹。やられた…きっとあの友人も、あの時、こんな風に…。


家はマンションの6階なのだが、飛び降りたたらこは影も形も見えなかった。妹の処置は父と回復した母に任せ、僕は階下まで降りた。
何の異常もない…窓は人通りの少ない路地に面していたから、通行人もいない。たらこが飛び降りたあたりの植え込みも、何かがぶつかった跡はなかった。
しかし、植え込みをかきわけてみると、隠れて見えなかった地面には、びっしりとたらこがしきつめられていた。窓の真下だけでなく、どこを見ても、たらこはあった。もう、事態は取り返しがつかなくなっているんじゃないか…それがどんな事態、どんな終末を意味するのか全くわからないままに、ふと絶望的な気分にとらわれた僕の耳に、あの歌が聞こえてきた。


予備校に向かう、ラッシュを過ぎた電車の中で、遅い出勤らしいOLが小さな悲鳴をあげた。見ると、あわてて膝の上のハンドバッグを閉めるところだった。
たぶん、久しぶりに持ち出したバッグで…中には「あれ」が詰まっていたのだろう。
駅から予備校までの間、不審に思われない程度に、街中でふだん人目に触れないようなところを確かめていった。
自動販売機の裏、エアコンの室外機周辺、ステ看板…どこももうダメだ。僕は、たらこに覆われた街を行き来するたらこ人間たちの姿を思い浮かべ、路上に座り込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
心配そうに声をかけてくれた老婦人を見上げたが、彼女の微笑は、まるでキューピーの顔のようだった。


予備校の教室に入ったとき、あることに気がついた。
最近、連続欠席者が増えている。
そして、出てきていても、バカ話に加わったりすることもなく、思いつめたような顔で沈みこんでいる奴も…。
そうか。みんな…


その時、「あの歌」が聞こえてきた。


た〜〜らこぉ〜〜〜が、や〜ってくぅる〜ぅ〜〜


「奴」の声だ!奴があの部屋から出て、あの歌を歌いながら…近づいてくる!
と、教室のドアを突き破って、たらこスーツを纏った奴が飛び込んできた!
沈んでいた奴らは僕と同様に、歌が聞こえた時点で「異変」に気づき、はじかれたように立ち上がっていた。ドアが破られた瞬間、僕たちは叫びながら逃げまどった。
バカ話に興じていた奴らは一瞬反応できなかった。何が起こったか理解できず、乱入してきた「奴」をぽかんと眺めていた。
一番近くの奴が、捕まった。
「奴」はそいつを押し倒し、
た〜ぁらこぉ〜〜、た〜〜らこ〜ぉ…
歌いながら、スーツの一部を押しつけていた。


よく見ると、「奴」のたらこスーツは、不格好にぶよぶよと膨れ上がっていた。その膨らみのひとつが捕まった奴に押し当てられ…
…スーツが、分裂した。分かれたスーツの一部はすぐに膨張を始め、あっと言う間にそいつの身体を包み込んでいった。
教室はパニックに陥っていた。ホワイトボードを最下段にする階段状の大教室で、「奴」は下の出入り口から乱入してきたから、僕らは争うように教室後方へと逃げた。
何人もが後方の出入り口から逃げ出したが、同じくらいの人数は教室最後方まで来て、為すすべなく立ちすくんでいた。
逃げ遅れ…というか、数人は、恐怖のあまり失神していた。取り残されたそいつらに、「奴」は、歌いながら順々にたらこスーツを植え付けていった。
つぅ〜ぶ、つ〜ぶ、たぁ〜らこ…ぉ……


「やめろぉーっ!」
僕は背後の壁に立てかけられていたケース入りのギターをつかみ、「奴」に踊りかかった。
横ざまに殴りつけたギターが、「奴」の腹をぶち抜いた…!
「…ッ!!」
背後で悲鳴と、何人かが気絶して倒れる音がした。
「奴」は、顔だけがあの友人のままで、スーツの中は全てたらこと化していたのだ。


ら……こ……ぉ、
…た………ぁら…こ………
飛び散ったたらこに足をとられて転倒した僕のすぐ傍らに、たらこにまみれた顔だけになった「奴」がいた。
さっきまで「奴」を包んでいたたらこが、ゆっくりと僕の身体にまとわりつきはじめた。
意識を失う寸前、すっぽりとたらこに包まれ、北海道だけが顔のように浮かび上がった日本列島のイメージが、僕の脳裏に浮かんで、消えた。


おまけ:正式な歌詞はhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B18217コチラ。